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「ひとの気持ちが聴こえたら」 ネタバレと解説 〜TMSと発達障害とその後〜

公開日:2020年3月25日

書籍「ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記」についてです。
ネタバレを含みますので、その点をご了承ください。
 
 


 
 

「ひとの気持ちが聴こえたら」ネタバレと解説

「ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記」。
TMS(経頭蓋磁気刺激法)により発達障害を治療する体験記ですね。

主人公は紆余曲折ありますが、
最終的にはハッピーエンドと考えていい終わり方かなと思います。

TMS自体の効果は一時的なものでしたが、
TMSを体験したことで得られた経験や記憶が主人公に考えるきっかけを与え、これがその後の人生にも影響を与えます。

以下、もう少し詳しく。

 
 
 

「ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記」とは?

「ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記」。

障害を最新テクノロジーで治療するという点から、
フィクション小説である「アルジャーノンに花束を」とよく比較される書籍ですね。

「ひとの気持ちが聴こえたら」が注目される理由としては、テーマこそ「アルジャーノンに花束を」と似ていますが、

「ひとの気持ちが聴こえたら」が実際にあった話であるという点です。

ネタバレにはなりますが
「アルジャーノンに花束を」の場合、主人公の治療効果は一時的なものでしかなく、次第に能力が後退していきます。

この、急速に能力が向上するがゆえの戸惑いと、手に入れた能力を失っていく戸惑い。
その中で変化していく自分の心や周囲との関係性。

「アルジャーノンに花束を」は、ハッピーエンドか否かと言えば意見が分かれ考えさせられる作品です。

しかも「ひとの気持ちが聴こえたら」は実話であり、実在するテクノロジーを扱っています。

テクノロジーにより発達障害を治すという行為が、その人の人生にどんな影響を与えるのか。

そして発達障害といった脳の特異性をテクノロジーで操作する行為は、倫理的にどこまで許容されるべきなのか。

そういった個人の幸福から人類全体の倫理観にまで考えを広げさせてくれる作品が「ひとの気持ちが聴こえたら」です。

 
 
 

物語のネタバレ

まず、「テクノロジーにより発達障害を治す」という医学的な見地から、この書籍に興味を持った人も多いと思います。

しかし「ひとの気持ちが聴こえたら」で書かれているのが、
TMS(経頭蓋磁気刺激法)は万能ではないということです。

物語全体を総合すると、
・知的な遅れがないこと
・ある程度年齢を重ねていること

がTMSの効果をしっかり得るための条件になっているようです。
もちろん科学の発展に伴い今後はわかりませんが。

TMSは発達障害(主人公はアスペルガー障害)特有の、人の心や状況を読むことの苦手さの改善を図ります。

つまりそういった心の微妙な変化を言語化できるだけの知的能力がないと実験の効果を測定できません。

こういった観点から本書で行われたTMSは知的に遅れのない発達障害者が対象となりました。

さらに、ある程度の人生経験がなければ、TMSによって得られた洞察力や共感能力が活かせない描写もありました。

これは同じく発達障害である主人公の息子もTMSを受けたくだりで明らかになります。

このように、TMSが万能の魔法ではないことがわかります。

さて、本書は脳刺激を応用し他者との共感能力を向上させることが狙いです。
まさに題名通り、「人の気持ちを聞こえる(気づける)ように」する狙いがあるわけです。

では、主人公はどんな気持ちが聞こえたのでしょう?

主人公いわく、TMSによって気づけた他者の感情は、ポジティブなもの以上に「不安」といったネガティブな感情が多かったようです。

これはなかなか考えさせられる展開ですね。

これにより主人公は治療前よりも人の不安に共感してストレスを感じたり、それまでは気にしていなかった他者からの皮肉や裏の企みのようなものに気づいて傷つきます。

TMSにより主人公のコミュニケーション能力は向上し、それが仕事でもプライベートでもうまく作用する場面もありますが、同時に主人公の心の負担は大きいものとなります。

 
 
 

おわりに

以上のように他者との共感能力が向上した主人公。
結果として、主人公はうつ病気味だった妻の不安をより強く共感してしまうようになります。

起こった事実だけでみると、
TMSを受けたあとに主人公は当時の妻と離婚をします。
その後に別の女性と再婚します。

この背景には、
治療前は気にしなかった妻の不安症状が、TMSを受けたあとは深く共感し主人公の心にも負担になり、互いの関係に距離ができたことがあります。

ただし離婚はしたものの、前妻とは良好な人間関係は維持できているようです。

TMSを受け、共感能力が上がったゆえに感じる戸惑いやストレスは相当なものであることがわかります。
これは本書にかなり細かく描写されています。

物語全体を通して、
基本的に主人公はTMSによる心の変化に戸惑いは示すものの、一度も「TMSを受けなければよかった」とTMS自体を非難する様子は見られません。

主人公のTMSによる心の負担は大きく、読者ですら「TMSはいい」と安易な全面肯定はできませんが、少なくともある程度のハッピーエンドに落ち着いているとは思えます。

 
 
 

参考資料

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