本のレビュー

「ひとの気持ちが聴こえたら」レビュー(感想と解説)

公開日:2020年3月9日


 
 

「ひとの気持ちが聴こえたら」レビュー

「ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記」を読みました。おもしろかったです。

発達障害に関わる仕事をしている人には興味深く、

発達障害と言わないまでも、人とのコミュニケーションに自信がない人にとっては痛いほど心にくるものがある名著だと思います。

発達障害はコミュニケーションに困難さがある障害です。

発達障害だとこういうことを感じるという当事者の本や、
人とうまくコミュニケーションをとるにはこうしたらいいという本は世の中にたくさんあります。

しかし、「ひとの気持ちが聴こえたら」は発達障害である主人公の目線と、その主人公がTMSによりコミュニケーション障害が軽減したときに見える世界が綴られています。

ある意味で、
発達障害の主観と客観を同一人物が描いた、読んでいるほうも不思議な体験ができる1冊だと思います。

 
 
 

「ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記」とは?

「ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記」。

障害を最新テクノロジーで治療するという点から、
フィクション小説である「アルジャーノンに花束を」とよく比較される書籍ですね。

「ひとの気持ちが聴こえたら」が注目される理由としては、テーマこそ「アルジャーノンに花束を」と似ていますが、

「ひとの気持ちが聴こえたら」が実際にあった話であるという点です。

ネタバレにはなりますが
「アルジャーノンに花束を」の場合、主人公の治療効果は一時的なものでしかなく、次第に能力が後退していきます。

この、急速に能力が向上するがゆえの戸惑いと、手に入れた能力を失っていく戸惑い。
その中で変化していく自分の心や周囲との関係性。

「アルジャーノンに花束を」は、ハッピーエンドか否かと言えば意見が分かれ考えさせられる作品です。

一方で、「ひとの気持ちが聴こえたら」は実話であり、実在するテクノロジーを扱っています。

そのテクノロジーとはTMS(経頭蓋磁気刺激法)と呼ばれる、電気刺激を応用した脳の活動の促進あるいは抑制です。

薬よりもはるかに副作用を少ないと考えられる点、手術のように体を実際に傷つけるリスクが少ない点から注目されている技術です。

TMSにより発達障害を治すという行為が、その人の人生にどんな影響を与えるのか。

そして発達障害といった脳の特異性をテクノロジーで操作する行為は、倫理的にどこまで許容されるべきなのか。

そういった個人の幸福から人類全体の倫理観にまで考えを広げさせてくれる作品が「ひとの気持ちが聴こえたら」です。

 
 
 

解説

「ひとの気持ちが聴こえたら」は様々な教訓を教えてくれますが、特に印象に残った点が2つあります。

1つは、主人公が自分に対して非常にコンプレックスを感じている点です。

TMSを受ける前の主人公は、アスペルガー障害という障害こそ持っているものの、会社を経営し、妻子がおり、障害についての著書を出し社会から評価されているという他人から見れば「成功者」です。

しかしながらそれでも主人公は人間関係のつまずきやすさから、自分を人生の敗者であるという思いが拭いきれずにいます。

どんなに地位や名誉を得ても、「人とコミュニケーションをとる」ということに苦手さを感じることが、どれほどその人の自信を奪うのかを改めて教えてくれます。

こういったコンプレックスから、
こだわりの強い自身の特性が仕事の成功につながったことを認めながらも、その障害を治すTMSに主人公は興味を持ちます。

そして
特に印象に残った点の2つ目は、主人公がTMSを受けることでより感じれるようになった他者の感情は、「不安」であるという点です。

人の気持ちを読み取ることができれば、以前よりもうまく人間関係について立ち回りができそうです。

しかし実際はそれ以上に、
人の不安の共感して自身も塞ぎ込んだり、それまで気づかなかった相手からの皮肉などの意味がわかり主人公は傷つきます。

コミュニケーションが上手になりたいという思いの根底には、人間関係を今よりもうまく築き、今よりも幸せになりたいという思いがあるのではないでしょうか。

しかし、人間関係の巧みさを知るがゆえに失うものもあるのですね。

「知らない方が幸せ」という言葉はよく耳にしますがTMSはまさにそれで、

人と心を通わせることの先には、負の感情が待っていることもあるというのは非常に示唆に富んでいます。

 
 
 

おわりに

TMSを受けた直後の主人公は、それまで聞いたことがあった音楽や読んだことがある文章に急に心を動かされるようになります。

それゆえ、
TMSを受けた直後はうっかり電車の中などで本を読めない。どこで自分が泣いてしまうかわからない。といった表現があります。

これは非常に興味深い現象だなあと思います。

例えば一般の人も、若い頃は平気だったことが、歳を重ねると涙もろくなり耐えられないなんてことがありますね。

TMSはこういった心の変化が急激にくるわけで、それに伴う戸惑いが物語全体から伝わってきます。

 
 
 

参考資料

-本のレビュー
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