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世の中には、こんな老害がいるんだよ
昨今「老害」という言葉がしばしば世間をにぎわせますね。
「老害」とは経験則が行き過ぎて、融通がきかなくなった人のことを指す場合が多いですね。
何をもって「老害」かは時代によって異なりますが、近年はIT技術の進歩に伴い物事を分析できる機会が増えたので、
客観的なデータを使うことができず、精神論や主観で物事を推し進めようとする人が老害扱いされる傾向がありますね。
人はなぜ、老害になるのか
先述の通り、何をもって「老害」かは時代によって異なります。
こう考えると、
時代に合わせて柔軟に変化できない人が老害になりやすいのかもしれません。
柔軟な変化には、旧来のやり方に固執しないフットワークの軽さが重要ですが、
それと同時に、
時代や場の傾向を読み取り行動に移す「空気を読む力」というか「察する力」も必要でしょう。
老害の特徴
精神論をゆずらない
「ネットですぐなんでも調べるから若者はダメになる」というように、
自分の感想を絶対に正しいと信じているパターン。
こういう人は数字やデータなど客観的な情報で物事を判断できないので、議論が進まないことが多いです。
主観と客観をごちゃ混ぜにする
例えば「目玉焼きを塩と醤油で食べ比べたら醤油のほうがおいしかった。目玉焼きには醤油が合う」といった論法。
単に「自分は目玉焼きに醤油をかけるのが好き」という話なのに、それをまるで「目玉焼きには醤油が合う」という一般論にしようとしています。
経験則を科学的なデータのように扱う
「近所の家族は奥さんが遅くまで働いてて離婚した。やっぱり妻が家を守る家族はうまくいくよ」というように、
個人の経験則や量が少ない身近なデータだけで物事を客観的に言えたように思っている。
こういった言い方に変に納得してしまう人もいるので、聞く方も気をつけましょう。
過去の栄光ばかり話す
昔の話ばかりしたり、同じ話ばかりしたり。
おわりに
「人は誰しも老害になる」というのも1つの真理ではあります。
ある意味で、
「自分は老害じゃない」と思っていることが老害の始まりであったりします。
じゃあどうすればいいかと言えば、
謙虚な姿勢を大切に、今の「時代」の中での自分のポジションを模索していくしかないのでしょう。







